kiyomizuzaka48の日記

一日一日を楽しく暮らしている老人の暇つぶしです。使用しているカメラはZ50とZ6とCOOLPIXーW300です。適当に撮って楽しんでいます。

今日の芸術

岡本太郎 「今日の芸術」時代を創造するものは誰か 光文社


この本は1954年に光文社から発行されたものを1999年に光文社「知恵の森文庫」から刊行され、さらに2022年に光文社文庫から新装版として発行されたものです。
序文が横尾忠則で解説が赤瀬川源平。その名を見てすぐに買った。苦手なジャンルの本を買う動機はこうした序文や解説が誰によるものかということが私にとっては大きな要素だ。
この本の構成は第1章「なぜ、芸術があるのか」、第2章「わからないということ」、第3章「新しいということは、何か」、第4章「芸術の価値転換」、第5章「絵はすべての人の創るもの」、第6章「わからないということ」というように、まったく芸術がわからない人にもとっつきやすい内容になっている。そして読み始めるといきなり

”すべての人が現在、瞬間瞬間の生きがい、自信を持たなければいけない。その喜びが芸術であり、表現されたものが芸術作品なのである”

と書かれている。さらに第4章では

”今日の芸術は、うまくあってはいけない。きれいであってはいけない。ここちよくあってはいけない。”

ここまで読むと思わずゲラゲラ笑ってしまった。学生時代にこの本を読んでいたら、もう少しは芸術を理解できる好きになれる人間になっていただろうと思う。さらに第4章から第5章にかけて、現代では偉大な画家として多大な評価をうけている画家たちの素顔を書いている。例えば

ゴッホは今でこそたいへんな天才だと思われていますが、その存命ちゅうは、さっぱり一般から認められず、一枚も絵は売れないし、周囲のあまりにも無理解に絶望して、ついに自殺してしまいました。” 

日本人にファンの多いセザンヌは第5章「下手な絵描きたちーヘッポコ絵描きセザンヌ」で

”彼の幼時からの親友である、有名な文豪のエミール・ゾラ(1840ー1902)でさえ、セザンヌの芸術的素質を直観しながら、絵の技術に関してはがっかりしていて(中略)このように一番理解していたはずの親友からも下手くそ扱いされたぐらいですから、一般からはまるっきりズブの素人、というよりも、むしろ狂人扱いされておりました。” 

また、同じ章の「素人画家ゴッホゴーギャンアンリ・ルソー」では

”もう一人、ゴーギャン(1840-1903)がいます。もともと彼はりっぱな株屋さんだったのですが、三十五歳ぐらいになって、とつぜん絵が描きたくなって絵かきとなり、本業をすててしまった。だから、いわば素人です。さらに二十世紀にはいると、税関吏アンリ・ルソー(1844-1910)がいます。彼はいわゆる日曜画家で、まさしく素人の絵かきです。この人の絵はまったくこどもの絵と一見かわりないような、無邪気な、幼稚な表現をとっています。ゴッホどころではありません。十九世紀にあんな絵をかいていたら、もちろん相手にされないし、もの笑いのタネになるような稚拙な表現です。”
じゃーなぜ彼らは絵画の巨匠とよばれるようになったんだということは、自分で勉強してください。もちろん、この本の中で岡本太郎は説明していますが、そういうことに興味を持った人が作品つくりに励むことが一番だと思います。私はこれからも自己満足の写真を撮り続けます。残りの人生を楽しむため、自分自身のために。