
BRUTUS特別編集
合本
「会田誠の死ぬまでにこの目で見たい日本の絵100
山口晃の死ぬまでに見たい西洋絵画100」
発行所:マガジンハウス
私が美術関係の本を探していた時に、たまたま見かけたので買った本。会田誠も山口晃も、彼らの作品は少ししか観ていない。しかし強烈に記憶に残っている。いわゆる、ツボにはまったということだろう。その2人が美術について書いているということなので躊躇わずに買った。それまでに読んだ美術評論家の本がひどすぎたので、私の好きな絵を描く画家の本なら面白いだろうと思った。岡本太郎のように。
それでは、会田誠に日本の絵について語ってもらおう。
さて、古い日本の絵をどう見るのか。偉そうに言える立場にないのですが、一言だけ、「ネトウヨ的」になるのだけは避けたいものです。つまりなんでもかんでも「日本の絵スゴイ」ではマズイ。と。僕らの伝統的絵画の特徴の一部は、東アジアに共通するものかもしれないし、例えば透視図法(パースペクティブ)を使わない点では、ルネッサンス以降のヨーロッパ以外の全世界(アフリカとか)と仲間だったりするでしょう。
現代でも美術評論家の本には日本や古代インド・エジプト芸術を間違っているとか、変だと書いているのを見かける。私が学校で習った美術でもそう教えられた。しかし、例えば透視図法を使わないから芸術ではないとか、原始的美術だとするのはおかしいだろう。YouTubeでも、ルネッサンス以前の美術は原始的で芸術ではないと言っている人がいる
ラスコーの壁画は2万年前にクロマニヨン人によって描かれたとされているが、それを見たピカソが「私たちはなにも新しいものを発明してこなかった。と言ったそうだ。キュービズムの多視点から見た映像を一つにする描き方は、ラスコーの壁画ですでに描かれていたわけで、人間とは住んでいる地域に関わらずそのような表現をしてきたのだ。日本の絵巻物では様々な視点からの絵が一枚(一連?)の絵に描かれている。仏画のように菩薩などの仏が乗る動物や鳥は横向きに描かれているのに仏の顔はやや前向きに、上半身はかなり前向きに、下半身は完全に前向きに描かれているのは、そう描く必然性があったわけだ。これは古代エジプトでも同じで、幼稚な技術しかないからそう描いたのではなく、そう描く必然性(宗教的な意味など)があったからだということ。私が学校の美術教育に生理的反発したのは、戦後の西洋文化への劣等感が西洋文化・美術礼賛につながっているように感じたからだと思う(あまりに昔のことなので記憶が朧なのだが)。世界の文化の頂点に西洋文化があり、他の国や地域の文化は劣っているといった意識を感じたし、今も感じている。文化を三角形としてその頂点に欧米文化を置くのは18・19・20世紀の欧米人の考え方だろう。こういうことを突然書き込むとネトウヨのように思われるので、最初に会田誠の文章を引用した。
私が日本などの東アジアの美術の特徴にあると思うのは、使う筆にあると思う。字を書くような毛先の長い腰のある筆を使うからできる線が私にとって親しみやすく感じるように思う。この本の中で宮本武蔵の「枯木鳴鵙図」という絵(重要文化財に指定されている)について編集者の説明では
剣術修練の一環として画技も磨いていた剣豪が、50代で描いた水墨画。武蔵は江戸後期の資料『古今画人品評』で、応挙や若冲より上位の画家にランクイン。枯れ枝を這う芋虫とそれを狙う鵙(もず)を描いた本作には、墨の濃淡だけで立体感を表す『没骨法』が使われた。
宮本武蔵は私の年代の男ならだれでも知っている超有名な剣術家。多くのドラマになって映画やテレビで上映・放映された。彼こそ本来の意味での「二刀流」の元祖。大小二本の刀を操って、物干し竿と呼ばれた長い刀を操る佐々木小次郎との巌流島での決闘(ここでも元祖)は何度もドラマになった。画家として有名なら三刀流だったのだ。
会田誠はこのことに
「絵の上手さ」って能力を分解してみると、いろいろな要素があると思うんです。例えば意外と思われるかもしれないけれど、合理的な思考なんていうのもその一つ。それによって修練が効率的に身につくし、空間や形態の把握に役立つ。手を動かす前にイメージを頭の中で確固としたものにする能力も。力を入れるだけでなく抜くことも大切で、そういう臨機応変で精妙な肉体のコントロール術も。そこらへんを考えると、剣豪が絵も上手くてもなにも不思議はないですね。すべての剣豪が絵が上手いわけでも、絵が上手い奴が剣豪になれるわけでもないけど。
刀って鉄でできているからけっこう重いんだよね。それを片手に一本ずつ両手で持つとかなり体力がいる。だからそれを振り回すのはかなり修練を積まないとできない。現在の剣道大会でも竹刀での二刀流を使う人をたまに見かけるけれど、刀を持って殺し合いとなれば、両手で刀を振る方が力があるので、二刀流では腕力と胆力がそうとうにいると思う。
NHK大河ドラマではまだ、絵を描くシーンが少なくてそれも机の上での作業が主だが、北斎についての絵をみると床に紙を置いて描いている姿をよく見かける。横尾忠則の小説では江戸時代は床に紙を置いて中腰で書いていたとある。たしかに大きな絵になると机の上では描けない。毛先の長い筆と中腰で描くそのスタイルが豊かな線による描写を可能にしたのだろう。
続きは「山口晃 西洋絵画」だが、未定。今月中にはと思っている。