「影牢 現代ホラー小説傑作集」
著 者:鈴木光司、坂東眞砂子、宮部みゆき、三津田信三、小池真理子、
発行所:株式会社KADOKAWA
私は移動する時はいつも公共交通機関なのだが、この利点は移動時間は読書に使えるということだ。サラリーマン時代はどんなに混雑した車内でも本を読んでいたが、年をとるとそう言う気も無くなり、移動する時は、なるべく混雑しない交通機関を選択して利用している。幸い、関西では大阪を中心として、JRを初め、メトロや私鉄が多くの地域に通じているので、選択肢は多い。この日はメトロの利用なので、混雑しない時間と乗車駅をうまく選択できたので、座席に座って本を読むことができている。綾辻行人の「バースデー・プレゼント」を読んでいた時に突然「ナンバ、ナンバ」という若い女性の大きな声が目の前から聞こえてきた。欧州系の若者らしいグループが目の前に立って楽しそうに会話している。どこの国から来たのだろうかと首を傾げて聞いていると、なんとなくロシア語のような気がして思わず彼らをじっと見つめると、彼らは急に声を落としてひそひそ声で会話しだした。なんだか余計ことをしてしまったようだ。
《ごごごごごごご おおおぉぉぉ・・・・!
膨れ上がる轟音とともに、冷たい突風がわたしの痩せた頰を殴りつける。
綾辻行人「バースデー・プレゼント」株式会社KADOKAWA》
電車の音で彼らの声も聞き取りにくくなった。もっとも聞こえても理解はできないのだが、おかげで読書に集中できるようになった。
《去年の今日は、そうだ、受験参考書ばかりが目立つ寒い部屋で独り十九歳の誕生日を祝った
「バースデー・プレゼント」》
なんとなく目の前の若者達が気になって視線を本から上げようかと思ったが、相手が外国人であってもあまりじろじろ見つめるのは失礼なことなので、ただ読書に集中した。
《美しい細身のナイフ。ーペティ・ナイフという呼び名に対して私の持っているイメージとぴったり一致するおおきさで、その金色の柄には、複雑に絡み合う三匹の蛇を象った細工が施されている。
「バースデー・プレゼント」》
「ぴきっ!」 頭のどこかで音が鳴った。
《すねて十九を超えた頃
細いナイフを光らせて
「ざんげの値打ちもない」作詞:阿久悠》
《ああ、これは夕べの夢。ゆうべ見た、今夜の夢。今夜・・・十二月二十四日、私の誕生日の夜。(中略)行雄さんはきっと、おとなしく私の帰りを待っているだろう。早く彼のそばに戻ってあげよう。。そうして今夜、わたしたちはひとつになろう。決して離ればなれにならにように。そうして今度こそ、独りぼっちにならないように。
「バースデー・プレゼント」》
《独りであること、未熟であること、これが私の二十歳の原点である
《街にゆらゆら 灯りつき
みんな祈りをするときに
ざんげの値打ちもないけれど
私は話してみたかった
「ざんげの値打ちもない」作詞:阿久悠》
「なんばー、なんばー」車内アナウンスとともに列車の扉が開き、目の前の若者達は私から目をそらしたまま大きなトランクと共に、列車から降りていった。
※間違い箇所がありました。引用した小説は有栖川有栖「バースデー・プレゼント」ではなく、綾辻行人の「バースデー・プレゼント」でした。申し訳ありません。お詫びします。間違い箇所は訂正しました。