kiyomizuzaka48の日記

一日一日を楽しく暮らしている老人の暇つぶしです

世界史は化学でできている

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書 名:「世界史は化学でできている」

著 者:左巻健男 さまきたけお

発行所:ダイアモンド社

著者は東大非常勤講師など理科教育専門であるが、『「化学」という学問の進歩と、化学の成果がどのように私たちの歴史に影響を与えてきたのか、その光と闇をふくめて紹介』(「おわりに」より抜粋)するための本らしい。

だが私の興味をひいたのは、せっかく古代ローマ帝国が築いた、上下水道や公衆浴場・便所をキリスト教が破壊、使用しないなどで朽ちてしまったという。当時のキリスト教では『いかなる肉欲もできる限り制すべきと、肉体をさらす入浴は罪深いとなり、公衆浴場、自家風呂は消え失せた。』ということだ。さらに中世では『貴婦人の裾が広がったスカートはどこでも用を足せるようにするための形である。十七世紀はじめにつくられたハイヒールは、汚物のぬかるみでドレスの裾を汚さないため』『二階や三階から、しびん(寝室用便器)の中身が道路に捨てられるので、その汚物をよけるためにマントも必要になった。』『当時は服もあまり洗濯をしなかったし、お風呂やシャワーもまったく利用しなかった。』『豪華絢爛な舞踏会の時には、清潔好きな人は携帯用便器(おまる)を持参した。便器にたまった汚物は、召使いたちが庭に捨てた。ー中略ー近くに便器のない人は廊下や部屋の隅、庭の茂みで用をたした。』『十六世紀になってようやく、市民生活の衛生を保つことが重要視されるようになり、少しづつではあるが、小規模の上水道の工事が行われるようになった。』

『』内はすべてこの書からの引用です。

私は今までアメリカや韓国のキリスト教の実態などについて書かれたものも含めると、10冊ほどキリスト教関係の本を読んできたが、ここまでの内容は初めて見たので、にわかには信用しがたいが(ヨーロッパ人の風呂に入らない風習などは高校の歴史で習ったが)、TVの外国のニュースで、日本人からみれば異様なほどマスクを嫌う感情に、ひょっとして古いキリスト教的な考え方があるのではという思いがしてきた。これからは歴史の本を読むときは、市民の日常生活について書かれたものを読むようにしたい。

蛇足だけれど、イスラム文化圏では紀元前からある古代ペルシャ(イラン)の水道設備が使われ続けていて、スペインがイスラム勢力に占領されたときに、この水道設備がスペインでも建築されて、人々の暮らしに役に立ったことをNHKの番組で知った。

歴史も視点を変えると面白くなる。

私は特定の宗教を信じていませんが、習慣としてお寺や神社にお参りした時や、他国でキリスト教の教会やイスラム教のモスクの中に入った時は、それぞれの宗教の礼儀を守るように心がけています。

私がトルコのエフェスの古代ローマ遺跡で撮った公衆トイレの写真を載せます。

穴の下を水が流れている水洗便所だったそうです。

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